「連帯」運動とは?
「連帯」労組は1980年8月のグダンスク・ストにさかのぼります。
社会守護異国初の自由労組として発足しましたが、もともと純粋な労組ではなく、政治運動、経済運動としての要素も併せ持ち、弾圧を受けたあとは、主に政治運動として生き延び、「連帯」市民委員会として89年の円卓会議、自由選挙において決定的な役割を果たしました。
労組としても復活し、93年の政治危機において「連帯」政権を倒したのはほかでもなく「連帯」労組でした。
93年の選挙で「連帯」系勢力は敗北し、95年の大統領選挙で現職のワレサが敗れました。
これを反省し、97年の議会選挙で再び勝利し、2000年10月の大統領選挙、01年9月の議会選挙で敗北して下野しました。
05年9月の議会選挙で「連帯」の流れを汲む、中道右派の法と正義、中道左派の市民綱領が勝利、10月の大統領選挙第1回投票で市民綱領のトゥスクが勝利しました。