米欧亀裂とは?
イラクに対する武力行使を巡る国連を舞台にした対立によってアメリカと独仏の関係に深い亀裂が生じました。
2001年9.11事件がおきたときブッシュ大統領は話し合いの余地はないというアメリカ国内新保守派の考えに従い、イラク攻撃論を展開しました。
これに対し、独仏はまず査察を続けて、攻撃は証拠が出てきてからでも遅くはない、武力行使は最後の手段であると主張し、シラク大統領は米英が武力行使の決議案を国連安保理に提出した場合は拒否権を行使して阻止すると公言しました。
アメリカは国連で拒否権が行使されるのを避けるため議案の提出をあきらめ、国連の決議無しにイギリスとともに3月19日イラク攻撃に踏み切りました。
米欧対立の背景には、京都議定書からの離脱、CTBT批准拒否、国際刑事裁判所設置反対など、一連のアメリカの一国主義に対するヨーロッパ諸国の反発があり、後に03、04、05年と3年続いたサミットでも米欧の亀裂は修復されていません。