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グティエレス政権の崩壊(エクアドル)

グティエレス政権の崩壊(エクアドル)とは?

1997年、2000年に続き民衆の抗議行動で大統領が追放されました。
00年1月21日、ドル化に反対する先住民勢力と共にマワ政権を失脚させたグティエレス大佐は服役後、02年の選挙で「1月21日愛国社会党」から出馬し、先住民の支持で政権を獲得しました。
先住民連合との左派連立政権でしたが、発足後政府がIMFと合意し、債務支払い優先と緊縮政策、重質油パイプライン建設と外資誘致を進めたため、先住民勢力は連立から脱退し、石油増産と価格高騰をよそに政権基盤は弱体化していました。
グティエレス大統領が政権基盤を固めようと04年12月、31人の最高裁判事のうち27人を更迭、汚職疑惑で亡命中の元大統領を帰国させる強権措置に出ましたが、キト市民の抗議行動が発生し、05年4月20日大統領は辞任、ブラジルに亡命しました。

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