ラバラス体制崩壊後のハイチとは?
ラバラスは1990年12月国連監視で行なわれた史上初の民主選挙で、解放の神学のアリスティド神父を当選させた民衆運動です。
翌年軍事クーデターで亡命した神父が94年多国籍軍の上陸で大統領に復権したのは、国際社会の圧力による民主回復の成功例とみなされました。
10年後、独立200年の節目の2004年、アリスティドは国際社会の支持を失い国を終われました。
2月元軍政派からなる反対派武装勢力が首都に迫るなか、暫定評議会設置案は実を結ばず、大統領はアメリカ、フランスの圧力で辞任し、2月29日脱出しました。
多国籍軍が派遣され、ブラジルを中心とする74人の国連平和維持軍に任務は引き継がれましたが、非ラバラス派のラトルチェ暫定政権は、武装解除、貧困改善などの再建に対処できませんでした。
10月の地方選挙、11月の大統領・議会選挙の条件整備も進まず、国連PKOは失敗の瀬戸際にあり、アメリカ軍の投入は避けられない模様です。