キューバ民主化運動とは?
独立系ジャーナリスト、オスワルド・パヤの指導の下、言論・結社の自由、自由選挙、経済活動の自由を問う国民投票を求める請願運動が憲法に基づき実施され、1万1000人の署名と共に国会に提出された、このバレラ計画と呼ばれる民主化運動は2002年アメリカ大統領経験者として始めて社会主義キューバを訪問したカーター元大統領もハバナ大学での演説で支持を表明しました。
しかし、6月、国会は革命体制の変更禁止を憲法に明文化することを満場一致で承認し、この計画を棚上げにしました。
その後、キューバ政府は体制引き締めに転じ、03年3月反体制派活動家を逮捕し、アメリカと共謀し政権転覆を企てたとして4月、75人を実刑に処しました。
民主化弾圧は国際的な非難を浴び、投資・観光で密接な関係を築いたEUとの関係冷却を招きました。
現在も拘置中の61名の釈放を求めるEUとの関係は正常化しておらず、05年反体制派ベアトリス・ロケがハバナで160人の代表を集めた集会は注目されました。